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東京の駅弁東京都 > 東京駅 > 山手線100年の駅弁 (3種類・2枚収蔵)

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【掛紙】山手線100年の歴史弁当(1,000円) 2010年1月10日に京王百貨店駅弁大会で購入

掛紙

 2010年1月10日に購入した東京駅弁の掛紙。中身や価格は下のものと同じで、掛紙の写真が国鉄ホデ6100電車となっている。

 今では鉄道や列車の代名詞となっている「電車」は、明治時代から第二次大戦を経て昭和20〜30年代くらいまで、通常の鉄道である「汽車」に比べて速度も輸送力も劣る、今では路面電車やチンチン電車と呼ばれるタイプの鉄道車両を指していた。鉄道ファンに機関車列車やディーゼルカーを電車と言うと怒られるし、古くから活躍する鉄道趣味界の重鎮に通常の鉄道を電車と言うと嫌悪感を抱かれるそうな。
【掛紙】山手線100年の歴史弁当(1,000円) 2010年1月10日に京王百貨店駅弁大会で購入

掛紙

 2010年1月10日に購入した東京駅弁の掛紙。中身や価格は下のものと同じで、掛紙の写真が国鉄63系電車となっている。

 第二次大戦中に工場や工員の増加や自動車の燃料難で利用者が急増した都市部の路線の輸送力増強と、終戦直後の殺人的混雑をさばくため、1944(昭和19)年から1951(昭和26)年にかけて乏しい資材で688両も製造した通勤型電車。1951(昭和26)年4月に106人が焼死した電車火災「桜木町事故」を契機に車両の改善は進んだが、この電車が生んだ全長20メートル、片側4扉という車両構造は、その戦争中に発生して21世紀の今日まで続く首都圏の混雑電車にそのまま受け継がれている。
【終売】山手線100年の歴史弁当(1,000円) 2010年1月9日に京王百貨店駅弁大会で購入

掛紙 外観 外観 外観
中身 中身 中身

 山手線100周年をまた記念して、2010年の京王百貨店駅弁大会の会期に合わせて1月7日から19日まで販売された記念駅弁。正方形の経木枠容器に、山手線の昔の電車の写真を掲載した掛紙をかける。中身は日の丸御飯とあさり御飯、鮭塩焼、鶏照焼、とんかつ、玉子焼、ニシン昆布煮、有頭海老、ニンジンやサトイモなどの煮物、べったら漬、うぐいす豆など。掛紙と名前で駅弁と駅弁大会を盛り上げる目的の商品なのだろう、東京駅などで過去に出された各種の記念弁当と、同じ価格と容器でありほとんど同じ内容である。

 写真の国鉄103系電車は、山手線のために開発された。中央線に投入されたオレンジ色の新性能電車101系は、電力消費量が多いため変電所設備の増強を必要としたため、当面の混雑緩和を目的に加速性能を落として製造費と電気代と設備投資費用を節約した新形式を起こして、1964(昭和39)年に投入されたものである。

 この経済的な電車は高度経済成長で増加が止まらない首都圏の通勤電車需要と国鉄の財政難により量産が続き、最終的には21年間で3,447両も製造されるという、空前かつおそらく絶後の一大グループとなった。これは使い勝手の良さもあったのだろうが、国鉄末期に財政危機や組合問題で新しい車両や技術の導入が滞った影響でもある。

 2011年現在でも、私鉄並行区間を除いて新車の投入が控えめなJR西日本と、1983年の筑肥線電化の際に製造された比較的新しめな電車のみを持つJR九州での活躍が続く。山手線からは1988年6月に撤退したが、写真の顔を持ついわゆる低運転台の車両は、信号設備のATC化により1981年までに撤退している。

【東海道本線東京(とうきょう)駅】1914(大正3)年12月20日開業 東京都千代田区丸の内1丁目
【株式会社NRE大増】東京都荒川区西尾久7−48−1 TEL:03(3810)7551
 http://www.nre.co.jp/
【終売】むすっこ(300円) 2009年10月15日に上野駅「駅弁屋旨囲門」で購入

掛紙 外観 外観
中身 中身 中身

 パッケージから判断しておそらく、下記「山手線命名100周年記念弁当」と同じく、山手線の命名100周年を記念して、2009年10月に販売した記念商品だと思う。えらくワイドボディな山手線電車型のボール紙箱に、小さな小さな鮭おにぎり、梅干おにぎり、アサリ佃煮おにぎりを各1個、まとめて透明なプラ製容器に詰めるもの。コンビニおにぎりよりちょっと割高だけれども、鉄道ファンなら買って楽しい超軽食。

 第二次大戦前の路線名は漢字名こそかっちり定義されたが、これに読み仮名が振られていなかった。第二次大戦後に日本へ進駐した米軍の指示により、鉄道の駅名標や列車の行先表示板にアルファベットを振る際に、当時も今と同じ「やまのてせん」と呼ばれていた山手線に「YAMATE LINE」と書いたため、「やまてせん」の呼び方も昭和の頃は広く使われた。

 今は時刻表でも電車の行先表示器でも「やまのてせん」「YAMANOTE LINE」で統一されているが、業務用や鉄道ファンの間では、ヤマテセンの名こそ聞かないものの略称として「ヤマテ」の呼称も使われる。

【東海道本線東京(とうきょう)駅】1914(大正3)年12月20日開業 東京都千代田区丸の内1丁目
【株式会社NRE大増】東京都荒川区西尾久7−48−1 TEL:03(3810)7551
 http://www.nre.co.jp/
【終売】山手線命名100周年記念弁当(1,000円) 2009年10月15日に東京駅駅弁売店で購入

掛紙 外観 外観
中身 中身 中身

 駅弁名のとおり山手線の命名100周年を記念して、2009年10月1日から31日まで東京・品川・新宿・上野の各駅で販売された記念駅弁。真円形の経木枠容器に透明な丸いふたをして、容器の形状に合った緑色の掛紙を巻いて、調製シールで留める。中身はケチャップライスに丸いグリーンピースと円形の玉子焼、丸いトンカツとハンバーグとポテトコロッケとパスタと揚げナス、さくらんぼなど。

 円形と緑色にこだわった、しかし食べておいしい洋食弁当。付録のシール2枚とおしながきも緑色で丸いし、実はケチャップライスの上に「100」の数字が描かれるし、掛紙の「山手線うんちく劇場♪」は販売駅ごとにその駅の情報が書かれたという、1か月で販売期間を終えるのがもったいないほどたくさんのこだわりに包まれていた。

 現在のJR線の路線名の多くが、1909(明治42)年10月12日の鉄道院告示第54号「国有鉄道線路名称」で制定されており、山手線に限らず北は富良野線から南は長崎本線まで命名100周年となる。当時の山手線は赤羽〜品川間と池袋〜田端間と大崎〜大井間で、現在は品川〜田端間となっている。公式には東京〜品川間は東海道本線を、東京〜田端間は東北本線を走っているということは、鉄道ファンへの初級問題。現在のような環状運転が開始されたのは1925(大正14)年11月1日のことである。

【東海道本線東京(とうきょう)駅】1914(大正3)年12月20日開業 東京都千代田区丸の内1丁目
【株式会社NRE大増】東京都荒川区西尾久7−48−1 TEL:03(3810)7551
 http://www.nre.co.jp/
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2001年6月17日開設 2011年2月20日更新
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