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上毛電気鉄道 赤城(あかぎ)駅 2012年7月20日訪問  Googleマップ

駅名標 駅舎 駅構内

 中央前橋駅から電車で約40分、または浅草駅から特急りょうもう号で約2時間。みどり市は桐生市とその周辺市町村との合併構想の破談により、2006年3月に新田郡笠懸町と山田郡大間々町と勢多郡東村のみで合併してできた人口約5万人の市。赤城駅に駅弁はないが、下記のおにぎりが売店で売られていた。1928(昭和3)年11月10日開業、群馬県みどり市大間々町大間々。

おにぎり(330円) 2012年7月20日に赤城駅改札外駅舎内売店で購入

掛紙 外観
外観 中身 中身

 赤城駅のキオスク型駅弁売店「赤城のおみやげ(金子売店)」でたくさん販売されていたおにぎり。中身はキノコと青のりを混ぜ込んだ御飯の握り飯が各1個に梅干し2個などの付合せという、容器も含めて飾りのない駅売り軽食。売店に「さんしょう しし茸 まい茸」と書いて垂らしており、キノコのおにぎりの中身はそれか。調製元は大間々の道の奥の山の中のうどん・そば屋さんで、この2種類の混ぜ御飯もうまいらしいので、出来立てを食べてみたいと思った。

 上毛電気鉄道は群馬県内で中央前橋駅と西桐生駅との間、25.4kmを結ぶ私鉄。明治時代に絹などの工業化で栄えた北関東で、前橋と桐生を電気鉄道で現在のJR両毛線より速く短く結んだうえで、さらに伊勢崎や埼玉県の本荘に向けて路線を延伸しようとしたところで、昭和恐慌で頓挫した。

 第二次大戦後は1968(昭和43)年9月の両毛線の電化によるスピードアップと、自家用車の保有率が全国一となったりバスのない市が出現するほどの群馬県での強力な自動車社会化の推進などにより、乗客は年間約1千万人から約160万人にまで激減した。1976(昭和51)年度から1997(平成9)年度まで運輸省の欠損補助、以後は群馬県と沿線市による上下分離方式での補助金により維持されている。鉄道開業当時の昭和初期の電気鉄道の諸設備の更新が滞るうちに貴重になり、2007(平成19)年7月には大胡駅の駅舎や変電所などが「上毛電気鉄道大胡駅電車庫」として文化庁の登録有形文化財に登録された。

【上毛電気鉄道赤城(あかぎ)駅】1928(昭和3)年11月10日開業 群馬県みどり市大間々町大間々
【山水苑】群馬県みどり市大間々町高津戸1631−3 連絡先の記載なし

【掛紙】特製御弁当(300円) 1972年6月30日調製

昔の駅弁掛紙

 入手状況等から1972(昭和47)年6月30日12時の調製と思われる、昔の水上駅弁の掛紙。谷川岳を代表する風景のひとつである一の倉沢の写真で、その玄関口をアピールする。この駅で駅弁が買えなくなる時代が来るとは、きっと当時では想像できなかったに違いない。
【掛紙】くりめし(600円) 調製年月日不明

昔の駅弁掛紙 昔の駅弁掛紙

 1980年代のものと思われる、昔の水上駅弁のパッケージ。調製元は小島商店。このくりめしと、下記のとりめしは、水上駅で最後まで残った駅弁であった。ここにも水上小唄の歌詞が載る。
【終売】みなかみ鳥めし(600円) 2001年8月3日に水上駅ホーム上カート売りで購入

掛紙 外観 中身

 大きめの掛け紙がかかった長方形の木製風ボール紙製容器の中身は、白御飯に鳥そぼろが敷き詰められ、鳥スライスが2切れ載るもの。山菜と2個の玉こんにゃくも付いていて600円。シンプルで駅弁らしい駅弁。カートを使用してはいるが、駅ホーム上で独特の掛け声での立ち売り風景は貴重であった。掛紙には「水上小唄」の歌詞が入る。調製元の休業により、2002年3月限りで失われた。

【上越線水上(みなかみ)駅】1928(昭和3)年10月30日開業 群馬県利根郡水上町大字鹿野沢
【有限会社小島商店】群馬県利根郡水上町鹿野沢94 TEL:0278(72)2038

SL記念湯乃花まんじゅう(680円) 2010年9月4日に水上駅前の饅頭屋で購入

掛紙 外観
外観 中身 中身

 これは駅弁ではなく、鉄道にちなんだ土産物。北海道産の小豆、沖縄産の黒糖と群馬県産の赤糖を使ったという饅頭が8個で680円。包装紙は上越線を運行するSL列車にちなんでおり、写真は実際に使われる蒸気機関車、きっぷのイメージに記される列車名と区間と時刻は実際のもの、さらに購入日の日付が定位置に押されていた。地元で観光列車が大切にされていることが、これで分かるもの。駅弁がないことがつくづく惜しい。

【上越線水上(みなかみ)駅】1928(昭和3)年10月30日開業 群馬県利根郡水上町大字鹿野沢
【株式会社笛木製菓】群馬県利根郡みなかみ町鹿野沢37 TEL:0278(72)2274
 http://www26.tok2.com/home/bunbukubukubuku/
寿司(助六B)(300円) 2007年2月17日に長野原草津口駅コンコース内キヨスクで購入

外観 中身 中身

 公式駅弁がもともとなく、非公式駅弁も消えた長野原草津口駅で買った助六寿司。写真のとおり、ただの惣菜。コンビニではなくキヨスクで販売されていたので、ほんの少しだけ駅弁らしくはあるが、まあ駅弁とは見なせない。正四面体型のおいなりさんがかわいらしい。JRバスが発着するホームにはコンビニ型売店があり、そこでO−bentoを販売していた。

 名湯・草津温泉へのアクセスは、昔は歩き、大正時代に軽井沢と草津を結ぶ軽便鉄道が開通し、昭和に入ると上越線渋川駅からバスが走った。戦後は長野原で鉄道とバスを乗り継ぐルートが主流となったが、軽井沢と草津を結ぶ路線バス、あるいはマイカーや貸切バスに侵食されていく。

 1991年に長野原駅を「長野原草津口」に改称したのは、鉄道の挽回を図ったのだろうか。今は新宿ともバスで結ばれ、長野新幹線の開業で軽井沢経由が便利になり、高くて遅くて本数が少なくて乗換が大変(エレベーターもエスカレーターもない)な長野原乗換ルートは、むしろ裏口と化しているかもしれない。

【吾妻線長野原草津口(ながのはらくさつぐち)駅】1945(昭和20)年1月2日開業 群馬県吾妻郡長野原町長野原
【有限会社吾妻弁当】群馬県吾妻郡中之条町大字横尾字七日市1368−1 TEL:0279(75)3082
 http://www.agaben.co.jp/
【終売】砦の釜めし(900円) 2003年12月29日に長野原草津口駅駅弁等売店で購入

掛紙 外観
外観 外観 中身

 草津温泉の玄関口であるJR吾妻線長野原草津口駅で販売されていた、知られざる非公式駅弁。蓋も本体も陶製の釜型容器を使用、他の多くの釜飯駅弁と同様、長方形の掛紙をかけて割箸ごとビニールひもでしばる。中身も正に釜飯駅弁で、茶飯の上に鶏肉と大きな椎茸やタケノコに栗やゴボウや山クラゲなどを載せる。食べてみれば風味や品質は二級品と感じられなくもないが、上野から毎日4本以上の特急が乗り入れるのになぜか公式な駅弁が存在したことのない長野原駅(1991年から長野原草津口駅)で、駅弁として立派にその役割を果たしていたと思う。

 吾妻線は鉄鉱石輸送の目的で、終戦間近な1945(昭和20)年1月に貨物線で開業、終戦後に旅客輸送を開始した。日本三大温泉の選定の多くにその名を記し、自然噴出量日本一を誇る草津温泉へのメインルートとして、1967(昭和42)年には電化、1971(昭和46)年には臨時ながら特急列車「白根」が乗り入れるなど、準幹線として成長している。その岩島・川原湯温泉間にある日本一短いトンネル「樽沢トンネル」(7.2m)は、川原湯温泉を湖底に沈める八ッ場ダムの建設により失われる予定。

 なお、この駅弁は2005年頃の売店閉店により失われた模様。

※2005年11月補訂:終売を追記

【吾妻線長野原草津口(ながのはらくさつぐち)駅】1945(昭和20)年1月2日開業 群馬県吾妻郡長野原町長野原
【株式会社岩井洞】群馬県北群馬郡小野上村大字村上11の5 TEL:0279(59)2211
 http://www3.wind.ne.jp/onogami/mem/iwaidou.htm
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2001年6月17日開設 2015年7月15日更新
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