banner  旅の友「駅弁」。
 館長が食べた駅弁を中心に、日本全国と世界の駅弁を紹介します。
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【終売】かにずし(920円)2003年3月22日に綾部駅ホーム上そば屋で購入
Kanizushi (end of sales)

掛紙 外観 中身

フタも底も枠も経木の容器に、カニを描いたボール紙のふたをかける。中身は酢飯の上に素朴な切り味の錦糸卵と、日本海松葉蟹とうたうカニの足の身とフレークを敷き詰め、グリーンピースで見栄えを整える。ふわりとした甘酢の酢飯にやはりふわりとした卵とカニは、香りほのかで柔らかく、経木の香りも加わり京らしい上品なカニ寿司駅弁に仕上がった。2004年12月時点で存廃不詳。どうも人知れず消えた模様。

販売駅
山陰本線 綾部(あやべ)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府綾部市幸通り東石ヶ坪
調製元
有限会社 鶴寿軒 京都府綾部市駅前通54 0773(42)0061

【終売】味ごよみ(1,120円)2003年3月22日に綾部駅ホーム上そば屋で購入
Ajigoyomi (end of sales)

掛紙 外観 中身

綾部駅の幕の内弁当。駅弁屋さんの名前が入ったセミオーダーの弁当容器はやや大きめで、ボール紙の箱の中に御飯とおかずの白いトレーがひとつずつ入る。中身はたっぷりの御飯に、焼き魚に厚めの蒲鉾と玉子焼、焼売に肉団子に白身魚フライ、かしわとこんにゃくの煮付けにひじきなど。

ごく普通の幕の内系弁当に見えて、味はもちろんおかずの大きさと種類は確保されているので、駅弁にネガティブなイメージを持っていなければこの価格にも納得がいく。2004年12月時点で存廃不詳。どうも人知れず消えた模様。

この地域の山陰本線は、1986年の城崎電化、1994年の智頭急行開業、1996年の山陰本線京都口電化で長距離列車が一掃され、四方向から鉄路が集まるジャンクションである福知山駅でさえ駅弁業者が消えるほどなので、駅も都市部のような橋上駅舎になってしまった綾部駅での駅弁販売は厳しいだろう。

販売駅
山陰本線 綾部(あやべ)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府綾部市幸通り東石ヶ坪
調製元
有限会社 鶴寿軒 京都府綾部市駅前通54 0773(42)0061

【掛紙】御壽司(20銭)1922年頃調製
Osushi

掛紙

1922(大正11)年頃の調製と思われる、昔の綾部駅弁の掛紙。同年に上野公園で開催された平和記念東京博覧会で英国の皇太子殿下が来日されたことを記念して、全国各地の駅弁屋が同じデザインの記念掛紙を使用したもの。周囲に日本と英国の国旗を配し、右に駅弁名、左下に調製元、下部に日英の歓迎文、上部の2枠は広告枠。

販売駅
山陰本線 綾部(あやべ)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府綾部市幸通り東石ヶ坪
調製元
鶴壽軒 所在地の記載なし 連絡先の記載なし

【掛紙】上等御辨當(30銭)1930年5月17日調製
Joto Obento

掛紙

1930(昭和5)年5月17日の調製と思われる、昔の綾部駅弁のとても小さな掛紙。調製元は21世紀と同じ鶴寿軒。昭和初期のデフレの影響か、価格が35銭から30銭に訂正されている。

販売駅
山陰本線 綾部(あやべ)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府綾部市幸通り東石ヶ坪
調製元
鶴壽軒 所在地の記載なし 連絡先の記載なし

JR西日本 福知山(ふくちやま)駅2014年10月25日訪問Googleマップ
JR-West Fukuchiyama Station

駅名標 駅舎 駅構内

大阪から特急電車で約100分。山陰本線に福知山線が合流し、京都丹後鉄道の宮福線を分け、四方向に特急列車が出るターミナル。福知山市は京都府中部の人口約8万の城下町で、福知山盆地の中心。駅弁は2002年に地元業者が撤退、その後は兵庫県豊岡駅の駅弁が買えたが、これも今はない。1904(明治37)年11月3日開業、京都府福知山市天田。

【終売】春日局お福弁当(920円) 
Kasuganotsubone Ofuku Bento (end of sales)

1989(平成元)年のNHK大河ドラマ「春日局」の放映を記念して、同年に登場した幕の内弁当風の駅弁。「お福」とは春日局の幼名とのこと。正方形の容器を対角線で仕切り、しめじの炊き込み御飯が半分、さらに3分割して鳥の唐揚・卵焼き・煮物・ふきや高野豆腐などが入る。骨付きの唐揚げは駅弁には珍しい。確かな品質で、あたたかい気持ちで食べられる駅弁だ。2002年9月15日限りで駅弁業者が撤退したため終売となった。

販売駅
山陰本線 福知山(ふくちやま)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府福知山市天田
調製元
福知山駅弁 有限会社 京都府福知山市末広町1の2 0773(22)4052

【掛紙】上等御辨當(30銭)1931年2月1日調製
Joto Obento

掛紙

1931(昭和6)年2月1日の調製と思われる、昔の福知山駅弁のとても小さな掛紙。「亀の家」とは現在で言うどこの業者なのだろう。

販売駅
山陰本線 福知山(ふくちやま)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府福知山市天田
調製元
亀の家 所在地の記載なし 連絡先の記載なし

【掛紙】折詰御料理(?円)調製年月日不詳
Orizume Oryori

掛紙

入手状況から1977(昭和52)年頃の調製と思われる、昔の福知山駅弁の掛紙。あるいはその紙質とデザインから、駅弁業者が調製する仕出し弁当向けの掛紙かもしれない。

販売駅
山陰本線 福知山(ふくちやま)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府福知山市天田
調製元
福知山駅弁 有限会社 京都府福知山市末広町1−2 0773(22)4052

【掛紙】幕の内弁当(?円)調製年月日不詳
Makunouchi Bento

掛紙

入手状況から1994(平成6)年頃の調製と思われる、昔の福知山駅弁の掛紙。属地的な情報が何もない掛紙に見えて、上部には明智光秀の家紋が青く入っており、ここで福知山とのつながりを取ることができる。明智光秀は織田信長を殺した日本史上の悪役として、小学生高学年以上の多くの日本人に認識されていると思うが、福知山では治水事業による城下町や農地の開発で街を発展させた功労者として、江戸時代から市民の信望を集めている。

販売駅
山陰本線 福知山(ふくちやま)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府福知山市天田
調製元
福知山駅弁 有限会社 京都府福知山市末広町1の2 0773(22)4052

【掛紙】由良川名産 鮎寿し(?円)調製年月日不詳
Yuragawa Meisan Ayuzushi

掛紙

1990年代頃の調製と思われる、昔の福知山駅弁の掛紙。山陰本線の京都から城崎までとその周辺では、駅弁販売駅ごとに容器と中身がそっくりな鮎姿寿司駅弁が売られていたが、嗜好の変化や駅弁屋の撤退で、今は紹介例も購入報告もほとんど見ない。

販売駅
山陰本線 福知山(ふくちやま)駅 1904(明治37)年11月3日開業 京都府福知山市天田
調製元
福知山駅弁 有限会社 京都府福知山市末広町1の2 0773(22)4052