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 旅の友「駅弁」。実際に食べた9,000個以上の駅弁を中心に、日本全国と世界の駅弁を紹介します。

青森県の八戸駅や北海道の新函館北斗駅などで駅弁を販売する吉田屋が調製し、関東地方に店舗を展開する埼玉県のスーパーマーケットチェーン店「ヤオコー」や、南東北や北関東に店舗を展開する福島県のスーパーマーケットチェーン店「ヨークマート」で、2023(令和5)年9月16日(土)に販売された八戸駅弁や新函館北斗駅弁について、これを食べた客が嘔吐や下痢等の体調不良を訴えた食品事故が起きました。

駅弁業者は9月17日(日)から営業を休止し、公式サイトにお詫び文を掲載しました。同日にスーパー側でも客への注意喚起を発表、埼玉県と福島県と八戸市の保健所が報道発表しました。本件は9月19日(火)の夕方頃から新聞やテレビで取り上げられ始め、全国ニュースとなっています。9月20日(水)時点で、死者や重症者はないものの入院患者が出て、約300名の有症者が出ていることが報じられています。

これを受けて当館では、駅弁と食中毒について、以下のとおり考察しました。

駅弁業者の衛生管理について

駅弁は一般に、食中毒がほぼ起きていない弁当です。駅弁が他の弁当に比べて安全であるという考察を見たことはなく、根拠はないと思います。ただし、以下の理由で駅弁でない弁当よりは、安全にできているのではないかと考えています。

・調製から販売や消費まで時間を要する特性を考慮した商品開発と衛生管理
 駅弁はもともと、駅で売られ、列車内その他旅先で食べられる弁当でした。食堂やホカ弁店と異なり、調製から販売までに時間がかかり、販売から消費までに時間がかかることがある弁当です。冷房のない駅のホーム上や売店や列車内で売られ、常温で留め置かれる弁当でもありました。そこで、中身を冷まして売る、水気を抜いたり酢で締める、傷みやすい食材を入れない、4時間や8時間で売り止めるなど、弁当を長持ちさせる工夫が取られてきました。

・食品衛生当局と鉄道当局の二重行政による厳格な衛生管理
 駅弁は明治時代から昭和時代にかけて、内務省のち厚生省による食品衛生の監督に加えて、鉄道省のち日本国有鉄道あるいは各鉄道事業者による構内営業の監督で、二重に監視し指導されてきました。その指導は国よりもむしろ鉄道事業者のほうが厳しかったと聞き、駅弁は鉄道の信用も負うからだと紹介されてきました。現存する駅弁業者の多くが、当時からの営業者ですので、今のように国内制度や国際規格として食品衛生管理が定まり運用されるようになった以前から、市中の弁当店より優れた衛生管理が実現されていたと考えられます。

・駅弁は参入規制が厳しかったため老舗の業者が多い
 日本国有鉄道やその前身の駅で駅弁を売るための許可は、まず取れませんでした。その結果、現在のJRの駅の駅弁業者は、百年企業が珍しくないくらい老舗だらけです。老舗だから安全ということはありませんが、商売を始めたばかりで経験の薄い業者よりは、信用があり、体制があり、安全な商品を提供できるであろうことが想像できます。

経験上でも、四半世紀で8000個以上の駅弁を食べてきて、弁当が原因での体調不良が起きたことはありません。この間、関東地方の駅で市中の仕出し店が駅の売店に卸した弁当を朝に買って夜に食べようとした時と、中部地方の駅で昼に買った駅弁を保冷バックで翌々日まで持ち越した時の2度だけ、弁当の見た目や臭いで食べるのをやめた記憶があります。事故が起きた直後では説得力が薄いものの、駅弁は基本的に、消費期限や保管温度に特段の注記がなければ、常温で保管して安全に食べられる弁当です。

駅弁と食中毒の歴史について

しかし、駅弁で食中毒は過去にも起きています。古くは第二次大戦前の大正時代や昭和初期に、駅弁の腐敗が新聞記事や鉄道省の監査で報告されています。鉄道省は1917(大正6)年頃、駅弁の掛紙に意見記入欄を設けることを義務付けたほか、昭和時代を通して駅弁の掛紙には駅弁に意見あれば鉄道職員等に申し出旨の注意書きがありましたが、これは駅弁に関する客からの苦情や提案を拾う目的に加えて、実際に駅弁で食中毒が少なからず起きていたことも示すのではないかと考えています。

第二次大戦後の昭和時代には、以下4件の食中毒が衛生当局により報文で紹介されています。

特に、1975年に起きた酒田駅での食中毒は、当時の新聞や鉄道雑誌などでも紹介され、駅弁ファンや鉄道ファンの記憶に留まることとなります。上記の各社について、新潟県や山形県の駅弁業者は2000年代に廃業しましたが、駅弁の内容や衛生管理を見直して数十年の営業を続けました。以後約半世紀もの間、駅弁について100名以上の被害者が出たり報道されるような食品事故は、見聞きしていません。

ただし、この間に駅弁で問題が起きていないということは、ないと思います。駅弁業者が駅弁でない食品業で保健所の指摘を受けたり、理由を示さず突然に駅弁の調製を数日間止めたり、現地では駅弁を売るのに駅弁大会への出荷が突然なくなってしまうケースが、十年あたり数件の程度でみられます。駅弁業者が客や販売元や鉄道会社から指摘を受けてお詫びに行くケースは、これより高い頻度で起きている可能性がありますし、これが個別に発表されたり報道されることはないと思います。

今回の食品事故の原因と特徴について

今回の食品事故の原因について、9月20日現在で発表も報道もされていません。

今回の駅弁による食品事故は、スーパーの駅弁大会で起きたこと、つまり駅で売られたり列車内に積み込まれた駅弁でなく、週末に全国各地のスーパーマーケットチェーン店で全国各地の駅弁を集めて売る催事で起きたことが、昭和時代に起きた上記のケースとは異なり、今までにない特徴です。

駅前で調製し駅で売る駅弁や、駅弁業者が自前で販売する駅弁は、今ではむしろ稀な存在です。食品工場で製造し自動車で配送し、時には商社や物流センターに卸して、スーパー、コンビニ、デパート、JRの子会社の店舗、その他の販売委託先または直接ないし間接的な取引先で売られることが、駅弁でも一般的です。今回も駅弁業者から商社を通して各スーパーへ駅弁が出荷されたことが報道内容からうかがえ、駅弁業者では出荷数を把握できていないようです。センターで調製し各地へ配送する給食やコンビニ弁当などと同じであり、その輸送距離が200km以上になることも少なくありません。

ここで不思議な点は、吉田屋の駅弁は八戸や青森県、函館や北海道に限らず、四国を除く全国各地で売られているにもかかわらず、有症者が9月20日時点でヤオコーとヨークマートの客にほぼ限られた点です。報道では有症者が弁当の消費後3時間程度で発症したとあるため潜伏期間があるわけでもなく、不思議に思います。

吉田屋の駅弁の直売店は、調製所を除くと新函館北斗駅ビルの1店舗のみと考えられます。八戸駅ではJR東日本の子会社の駅弁売店に商品を卸し、新青森駅や盛岡駅など近隣の駅でも同じです。仙台駅、東京駅その他JR東日本の関東地方の駅、JR東海の東海道新幹線「のぞみ」停車駅、新大阪駅その他JR西日本の関西地方や山陽新幹線の主要駅でも毎日、年間を通して吉田屋が調製する駅弁が買えます。9月16日はヤオコーとヨークマートでない商業施設やイベントでも、八戸駅や新函館北斗駅の駅弁が売られたようです。また、現存する吉田屋の駅弁の調製所は、発表や報道されていない製造委託先がなければ、八戸駅前の一箇所のみのはずです。

青森県の駅弁なのに青森県内に有症者がいるとされず、東京駅や新大阪駅で売られた分について触れた報道や発表がないなど、駅で売られた弁当は問題ないようです。そのため、事故の原因が調製でなく物流や販売にある可能性があります。一方で、今回はヤオコーとヨークマートで吉田屋以外の駅弁業者の駅弁も併せて販売され、こちらが上記の発表や報道では事故の対象とされていないため、やはり事故の原因は物流や販売でなく調製であることも考えられます。

スーパーでの駅弁大会のシーズンは、古くは寒い時期に限定されていました。半世紀前の1月2月限定、2000年代の10月から3月までの季節ものから、2010年代には通年での実施が普及したようにみえます。駅でも東京駅「駅弁屋 祭」や新大阪駅「旅弁当駅弁にぎわい」のような、通年で全国各地の駅弁を輸送販売する駅弁売店が人気です。やはり例えばコンビニ弁当のように、低温流通体系の普及、衛生管理手法の体系化、食材や保存に関する技術の向上が、駅弁の売り方や運び方も変えてきたと思います。一方で、駅でも常温でなく冷蔵の駅弁が売られるようになり、冷めた御飯でなく冷たい御飯を食べさせられるようになってきました。

今回は駅弁の食品事故が、駅前で作り駅で売る時代の駅弁のイメージで語られているようですが、21世紀の駅弁は特徴的な外観と高めの値段を除き、注文を受けてから調製するものを除く市販の弁当と変わらない姿になってきています。駅弁に特有の原因や対策が、あるわけではないように思えます。

今回の食品事故の影響について

今後の八戸駅や新函館北斗駅の駅弁について、事件の原因を特定し、調製や輸送や販売の体制あるいは商品を見直して販売を再開するのか、なくなってしまうのか、分かりません。吉田屋の駅弁しか買えない駅はありませんので、当面はそれらの駅では既存の他社の駅弁が棚を埋めるのではないかと思います。

秋からの駅弁大会シーズンを前に、駅弁で食中毒が起きたと広く報道されたことで、このシーズンは少なくともスーパーの駅弁大会が、週末のスーパーで全国各地の駅弁を集めて売る催事が、少なくなるのではないかと思います。デパートの駅弁大会はすでに少なくなっており、残された催事がなくなることは考えにくいと思いますが、品揃えや催事の内容に何らかの影響を及ぼすかもしれません。駅で各地の駅弁を集めて売る駅弁売店について、客足や入荷が変わるかどうか気になります。

もし遠隔地や催事での輸送販売をやめて地元の駅でだけ駅弁を売るようになれば、直ちに会社の売上が一桁減る駅弁業者が、北海道から九州まで各地にあるようです。そうなると、例えば過去に特急列車での車内販売の廃止により廃業した駅弁業者がいくつも出たように、なくなる駅弁、駅弁のない駅が、いくつも現れるかもしれません。事故の原因がわかり、対策が打たれ、駅弁が守られ、駅弁が良くなるように、願いたいと思います。

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