駅弁にお茶は付き物。駅売り弁当の歴史は、そのまま駅売り緑茶の歴史でもあります。その販売は長らく、「汽車土瓶」と呼ばれる焼き物の容器に緑茶を注ぎ、駅のホーム上で立ち売りするという形態でしたが、駅弁の立ち売りと同じ理由で立ち売りが消え、「ポリ茶瓶」と呼ばれるプラスティック製の容器の出現で汽車土瓶が駆逐され、ポリ茶瓶も缶入り緑茶やペットボトル入り緑茶が誕生したことで、最近はほとんど見ることがなくなりました。
今は残り少ない、汽車土瓶やポリ茶瓶に入ったお茶の販売状況について、以下のとおりまとめました。
日本国内で汽車土瓶に入れたお茶が販売される駅は、2021年3月現在で1駅を確認しています。
小淵沢駅では1985(昭和60)年10月の小淵沢駅弁「元気甲斐」の発売に合わせ、過去に駅で売られた汽車土瓶の復刻販売を始めました。2021年時点で駅舎の改札外の、1階の店舗「MASAICHI本店」で、「お茶土瓶」の名前で390円にて販売。空き容器とティーバッグを販売し、注文によりお湯を注いでくれます。
信楽駅では2014(平成26)年7月から、汽車土瓶が鉄道グッズとして一個700円で売られています。鉄道会社の公式ツイッターで紹介されました(https://twitter.com/shigaraki_st/status/1228441390561972224)。汽車土瓶が全国で現役の頃、その多くが信楽で製造されました。滋賀県立の児童福祉施設である信楽学園が2008(平成20)年に汽車土瓶の製造を再開し人気なのだそうです。お茶を入れた状態での販売は、していないようです。
愛知県名古屋市にあるJR東海の企業博物館「リニア・鉄道館」では、館内2階の売店「デリカステーション」で、白色と茶色の信楽焼「復刻汽車土瓶」が一個524円で売られています。販売元の公式サイトでも紹介されています(https://www.jr-plus.co.jp/store/linear/)。お茶を入れた状態での販売は行わないようです。
大規模な催事として百貨店業界や駅弁業界に知られる、毎年1月中旬の東京都新宿の京王百貨店での駅弁大会や、毎年1月下旬の大阪市梅田の阪神百貨店での駅弁大会で、汽車土瓶が販売されることがあります。その他のデパートの駅弁大会でも時々、汽車土瓶が売られることがあります。中身を入れた状態での販売は、少なくとも2000年代以降に見たことがありません。2018(平成30)年は京王百貨店の駅弁大会で、汽車土瓶の販売がありました。
日本国内でポリ茶瓶に入れたお茶が販売される駅は、2021年3月現在で6駅を確認しています。千葉県のいすみ鉄道大原駅と、三重県のJR亀山駅前では、2018年頃に販売をやめたようです。北海道のJR釧路駅のものも、今はないようです。
2016年の訪問時、旭川駅の改札外の1階駅弁売店で、ポリ容器のお茶が、お湯を注いだ状態または空き容器で、110円で売られていました。
2018年の訪問時、新庄駅の駅舎と一体になった土産物店「もがみ物産館」で、黒豆入りのポリ茶瓶「ままけは黒豆茶」が、一個172円で売られていました。黒豆入りの空き容器を販売し、注文によりお湯を注いでくれます。
2013年の訪問時、横川駅前の駅弁屋の食堂「おぎのや」で、ポリ容器のお茶が100円で販売されていました。食事でもテイクアウトでも、お湯入りでもお湯なしでも、買うことができました。
神戸駅のホーム上に据えた鉄道車両で駅弁を調製する、わたらせ渓谷鉄道直営の「レストラン清流」では、ポリ容器のお茶を100円で販売しています。2017年の購入時には、冷たいほうじ茶が入っていました。
伊東駅では、駅舎の商業施設の駅弁売店で、ポリ容器入りのお茶を130円で販売しています。売店は1番ホームにも面しており、改札内からも買うことができます。ポリ茶瓶に伊東名物「ぐり茶」のティーバッグを入れ、電気ポットのお湯を注ぐもの。現存するポリ茶瓶のお茶では、最もうまいと思います。
2014年の訪問時、津和野駅の駅舎内で駅弁を売る立ち食いそば店で、食品表示ラベル付きポリ茶瓶のほうじ茶が、常温・加温とも100円で売られていました。2021年5月限りで駅の店舗がなくなりましたが、以後は「SLやまぐち号」運転日に駅へ出店し、駅弁やお茶を販売するようです。
1994(平成6)年9月まで旅客列車が走り、2009(平成21)年3月限りで廃止された小坂駅の、駅舎やホームや構内を転用した観光施設「小坂鉄道レールパーク」では、ポリ茶瓶入りのお茶が120円で売られていました。また、国鉄24系寝台客車を使用した宿泊施設「ブルートレインあけぼの」に泊まり、朝食に大館駅弁「鶏めし」を予約すると、弁当とお茶がセットで売られます。冬期(11月末頃〜3月頃)休園。
静岡県静岡市の飲料メーカーである新幹線サーブのポリ茶瓶は、かつて全国各地の駅弁屋や車内販売会社などで使われ、今も数は少ないものの駅で売られる「もみ出し茶」のシェアは100%だと思います。公式サイトによると200個単位での小売りを行うそうです。(https://www.chakabuki.com/)
汽車土瓶がポリ茶瓶に置き換えられ、さらに缶入り茶にシェアを奪われ、そしてペットボトル茶(ポリエチレンテレフタレート樹脂製容器に入ったお茶)に代わられようとしている理由は、その登場順に追っていくことで考えられそうです。
まずは汽車土瓶。明治時代から昭和30年代頃までは、機能面や価格面において、旅先で使い捨てられる飲料容器として唯一の存在であったのではと思います。しかし重く割れやすい性質は、おそらく当時でも取り扱いにくかったはず。軽くて割れず、しかも清潔感があり安価なポリ茶瓶の登場で、これに駆逐されてしまったのは自明のことだと思います。
しかし、ここで問題になったのはお茶の味。容器のビニール臭さ、中身の冷めやすさ、多くの商品での添付のティーバッグや茶葉の品質や風味の悪さ、そして容器が軽くて軟らかいがゆえの取り扱いの不便さが災いし、この容器が主力であった時期でも、その評判は必ずしも良くはなかったと感じています。
一方で缶入り茶は技術的に商品化が困難だったのか、またはお茶を入れずに買う習慣がなかったためか、缶ジュースや缶コーヒーが普及した後でも、その商品化がウーロン茶で1981(昭和56)年まで、緑茶で1984(昭和59)年までかかりました。ポリ茶瓶を置き換えていく力も小さく、容量の増加で割高感が消え、飲料の健康志向や無糖飲料ブームで大手メーカーの商品開発が盛んになって初めて、やっとポリ容器茶を駆逐し始めたもの。
これらをまとめて駆逐したのがペットボトル茶(右写真)です。強度があるのに軽くて安く、キャップを開け閉めできるため飲みかけを簡単に一時保存できるメリットに加え、飲料業界が廃棄物発生の抑制を主目的に容量1リットル未満の商品を出さないとしてきた自主規制を1996(平成8)年に解除したことで、まずは冷茶の市場ができました。2000(平成12)年の商品化成功により温茶も普及したことで、駅構内を含めて外出先で買えるお茶のほとんどが、このタイプに置き換えられました。
しかし、汽車土瓶も旅情と郷愁あるいは客寄せ効果が、ポリ茶瓶も懐かしさや安価で軽量なことが、缶茶も小さな容量や自動販売が可能なことが支持され、今でも根強く残っています。今後も当分はペットボトル茶の天下が続くと思いますが、それぞれ一定の需要が残り続けていくことでしょう。あるいは環境意識の高まり、資源価格の相場、規制の変更や強化などの要因により、それぞれのシェアが変動するケースも考えられそうです。新たな販売形態の登場や復活も考えられます。
駅弁が健在で、駅弁や鉄道移動に対する飲料としてのお茶の需要が健在である限り、様々な形で駅弁売店や駅構内でお茶が売られ続けると思います。
※2021年3月改訂:伊藤園ホームページを参考に発売年を訂正。缶緑茶(1985年→1984年)ペットボトルの温茶(1999年→2000年)