京都駅から特急列車「まいづる」で約1時間半。舞鶴市は京都市の北部で若狭湾に面する、人口約8万人の港町で城下町。城下町の西舞鶴が商業で、港町の東舞鶴が軍港で発展した。駅弁は国鉄時代から、西舞鶴駅と東舞鶴駅で同じものが売られていたが、2005年になくなった。1904(明治37)年11月3日開業、京都府舞鶴市浜。
駅では2011(平成23)年頃までに発売か。今回は東舞鶴駅のキヨスクで買ったが、東舞鶴駅の駅弁というわけではなく、福知山駅や豊岡駅や城崎温泉駅など、このエリアの各地で売られる模様。容器を掛紙で巻く姿は、まるで駅弁のそれである。
正方形の容器に酢飯を詰め、錦糸卵をたっぷりかけて、サバそぼろ、かんぴょう、シイタケ、かまぼこ、グリーンピース、紅生姜をまぶす。つまり、丹後地方の郷土料理であり、お祭りの時に作られたという、サバのそぼろのちらしずし。寿司の感じがしない、焼き魚ほぐし身のおいしい混ぜ御飯。
駅では2011(平成23)年頃までに発売か。今回は東舞鶴駅のキヨスクで買ったが、東舞鶴駅の駅弁というわけではなく、福知山駅や豊岡駅や城崎温泉駅など、このエリアの各地で売られる模様。スーパーやコンビニのプラ製の惣菜容器に、京都を意識したようなデザインの掛紙を巻く。
中身は、酢飯と具を柿の葉で巻いた、たい、サーモン、さばの柿の葉寿司が各2個。パッケージは最小限でも、葉と飯と具に抜かりなし。普通においしい柿の葉寿司。
舞鶴で最も有名であった駅弁。経木の折箱を掛紙で包んで紙ひもでしばる昔ながらの駅弁スタイル。中身はカニなどのちらしずしと鯛の押し寿司。湿って曲がった折り箱のふたや底、その香りを少々いただいた酢飯に、手作り感のある具。驚きや奇抜さはないものの安心感の塊だと思った。2004年度JR西日本「駅弁の達人」対象駅弁。2005年3月31日限りで調製元が駅弁販売から撤退した模様で、この駅弁も今は購入できないと思われる。
舞鶴線が北近畿タンゴ鉄道を分ける西舞鶴駅は、舞鶴線電化開業に合わせて1999年に、建築家好みな正面総ガラス張りの構造を持つ、行政好みな多目的ホールなどを併設した内容の橋上駅舎に建て替えられた。しかし見栄えはよいが旅客の動線は二の次なのだろう、人の賑わいを拒むような、逆に利用者が増えればかなり使いにくそうな構造に感じた。
※2005年4月補訂:駅弁撤退情報を追記舞鶴の幕の内駅弁。経木の折箱を掛紙で包んで紙ひもでしばる、昔ながらの駅弁スタイル。中身は日の丸御飯を容器に直接敷いて、蒲鉾・焼き魚・玉子焼の三種の神器に焼売やフライや山菜などのおかずをトレーに詰める。湿って曲がった折り箱のフタや底、その香りを少々いただいた御飯に、手作り感のあるおかず。驚きや奇抜さはないものの安心感の塊だと思った。2005年3月31日限りで調製元が駅弁販売から撤退した模様で、この駅弁も今は購入できないと思われる。
天然の良港を擁する舞鶴は、戦前は日本海軍の重要拠点、戦後は貿易港として栄える。函館や横浜など歴史のある重要港湾に付きものの赤レンガ倉庫はここにもあり、これを観光名所にしようと頑張っている。なお、舞鶴に西舞鶴駅と東舞鶴駅はあるが、舞鶴駅はない。
※2005年4月補訂:駅弁撤退情報を追記昭和50年代、1980年前後の、1月26日10時の調製と思われる、昔の西舞鶴駅弁の掛紙。国鉄の旅行キャンペーン「いい日旅立ち」のロゴマークがある、1978(昭和53)年11月以降のもの。丹後や若狭の、山陰海岸国立公園や若狭湾国定公園のイラストマップでできている。
入手状況等から1977(昭和52)年の調製と思われる、昔の西舞鶴駅弁の掛紙。駅弁の名前の文字と、調製元と注意書きと、国鉄の旅行キャンペーン「一枚のキップから」ロゴマークという、必要最小限の情報でできている。
1960年代、昭和40年前後の、9月2日8時の調製と思われる、昔の西舞鶴駅弁の掛紙。おかずの掛紙に天橋立を描く。