









新潟駅から特急列車「いなほ」で2時間弱。鶴岡市は山形県西部の庄内地方で日本海に面した、人口約11万人の城下町。江戸時代に出羽国庄内藩酒井氏17万石前後の城下町あるいは大地主で豪商の本間家で栄え、近代以降も稲作その他農業、養蚕以来の製造業、温泉や出羽三山に海水浴からスキーまでの観光業がある。駅弁は1920年代から第二次大戦中まで伊勢屋の辻豊太が販売、戦後に太平食堂が引き継いで鼠ヶ関駅やあつみ温泉駅でも販売したが、1997年頃に消えた。1919(大正8)年7月6日開業、山形県鶴岡市末広町。
1980(昭和55)年10月31日の調製と思われる、昔の鶴岡駅弁の掛紙。駅弁の名前は庄内地方の少女の弁当という意味で、たしかに掛紙には「夕陽沈む、由良白山島」の風景画に加えて「庄内おばこ」という農作業姿の女の子の絵柄もある。庄内おばこ弁当、または庄内米おばこ弁当は、1997年の鶴岡駅弁の終売まで存在した。
1970年代のものと思われる、昔の鶴岡駅弁の掛紙。月山、湯殿山、羽黒山、善宝寺を描き並べた。
1942(昭和17)年の調製と思われる、昔の鶴岡駅弁の掛紙。紙質や印刷や標語に戦時色が強く感じられるもの。鶴岡駅では1922(大正11)年11月に伊勢屋の辻豊太が駅弁を発売したが、第二次大戦中に廃業、1947(昭和22)年11月に太平食堂が進出し、1997(平成9)年頃まで駅弁を販売した。太平食堂は昭和20年代には鼠ヶ関駅でも駅弁などを販売したという。
1931(昭和6)年10月10日13時の調製と思われる、昔の鶴岡駅弁の掛紙。調製印に「仕出」とあるのは珍しいと思う。この風景は名所案内にあるとおり、出羽三山まで描いたイメージか。