上野駅から特急列車で1時間ちょっと。水戸市は茨城県の中部で那珂川が流れる、人口約27万人の城下町で県庁所在地。江戸時代に徳川御三家のひとつ水戸徳川家が収める水戸藩が置かれ繁栄した。駅弁は明治時代から3社が競い賑やかだったが、2000年代に撤退、休業、倒産ですべて消えた後、2011年に地元の居酒屋が進出し駅弁が復活した。1889(明治22)年1月16日開業、茨城県水戸市宮町一丁目。
水戸の梅まつりに合わせて、2014(平成26)年2月22日に発売。水戸駅の駅弁の名前としては6年ぶりの復活となるが、歴史が断絶しているため新旧の駅弁に関連性はない。
二段重ねの容器の中身は、下段が御飯でマツタケの炊込飯と鮭の親子ちらし、上段がおかずで豚角煮、アユ香り揚げ、エビ餃子、ゆばの野菜饅頭、アンコウ唐揚、ニシンのみりん干し、カボチャやコンニャクなどの煮物、青梅甘露煮など。黄門様が食したとされる料理を一部に取り入れているという。味も良いし、色彩の工夫があるのか写真写りがもっと良い感じ。
水戸駅弁の水戸黄門弁当の、2016(平成28)年時点での姿。掛紙も容器も内容も価格も変わらないのに、何か違う印象を受けるのは、御飯の錦糸卵が、黄色くふわふわしたものから、白く線状のものに変わったから。いずれも業務用の冷凍食品だと思うが、こうやって写真で比べると、だいぶ見栄えが落ちた気がした。メインの食材ではないので、味はたいして変わらない。
2016(平成28)年5月21日に購入した、水戸駅弁の掛紙。伊勢志摩サミットの開催を記念して、仙台駅から小倉駅まで11種類の駅弁について、パッケージに駅弁の名前の英文表記とほぼ共通のロゴマークを印刷し、東京駅の駅弁売店で販売した。価格と中身は通常版と同じ。
1998(平成10)年のNHK大河ドラマ「徳川慶喜」の放送を機に発売。つまり「将軍」とは、江戸幕府第15代将軍である徳川慶喜のことである。中身は徳川や慶喜でなく茨城県の特産品だそうで、徳川葵の家紋を描くふたにも「常盤神社能楽殿」とだけあり、これはおそらく水戸黄門こと徳川光圀をまつる常磐神社のこと。松花堂弁当のように正方形の4区画に仕切られた中身は、栗を載せた赤飯、小海老やワカサギの佃煮に焼き物、納豆の唐揚げにに焼マスとかまぼこと玉子焼、青菜とサツマイモ。
この駅弁は2008年5月頃の調製元の休業により売られなくなり、2010年1月に駅弁売店そのものが閉店したため、今後は入手できないのではと思う。
※2010年3月補訂:終売可能性を追記正方形の黒い容器に割りばしを置き、梅花と駅弁の名前を描いた掛紙で軽く巻いて、紙ひもでしばる。中身は9区画に分かれ、甘い玉子そぼろ御飯、日の丸御飯、おかか御飯、厚揚げやがんもどきや昆布巻き、焼鮭に山くらげ、鶏照焼、有頭海老に帆立、蒲鉾と玉子焼と煮豆、青梅とミニ梅酒など。
おかずが見た目で15種も入り、酒のつまみにされそうな内容。一方で御飯も3種入るから食事にもできる。どちらにせよ、千円を切る価格でこのボリュームはありがたい。水戸黄門とのつながりは、よくわからない。しかしコウモン弁当とは、実はなかなか思い切ったネーミングだと思う。
この駅弁は2008年5月頃の調製元の休業により売られなくなり、2010年1月に駅弁売店そのものが閉店したため、今後は入手できないのではと思う。
※2010年3月補訂:終売可能性を追記JR発足20周年か、2007年4月に東京駅で実施された駅弁の日記念駅弁大会に向けて投入か。冊子型の容器に小さな掛紙を置いてゴムで留める。中身はエビ、コハダ、カニ、鮭フレークの押寿司と鰻玉丼、焼豚に鶏照焼に焼鮭にカニ爪、蒲鉾に玉子焼に椎茸などの煮物にミニ梅酒など、まあぎっしり詰まっている。おめでたい記念駅弁。水戸駅でも売られている模様。
水戸駅はJR20年の1987年から2007年で、まず特急「ひたち」に新型電車が投入され、夜行列車が全滅し、水郡線のディーゼルカーが新型に交換され、南口が再開発で変貌し、最近に常磐線の普通電車もほぼ新型に替わり、その間に駅弁屋が1社減り、今に至る。20年でそれなりに変わったが、なんとなく激変ではない。北口で駅ビルが開業し、南側で鹿島臨海鉄道が開業し、常磐線急行「ときわ」が特急格上げで全滅した1985年3月に、今の水戸駅ができあがった印象。
この駅弁は2008年5月頃の調製元の休業により売られなくなり、2010年1月に駅弁売店そのものが閉店したため、今後は入手できないのではと思う。
※2010年3月補訂:終売可能性を追記