1970年代のものと思われる、昔の長門市駅弁の掛紙。国定公園青海島をふたつ描く。長門市駅では1920年代から1980年代まで駅弁が売られたが、どうも販売した弁当は1970年代の「おにぎり弁当」以外は幕の内だけだったようで、紹介例を見たことがなく、残された駅弁掛紙もほとんどみない。
岩国駅から錦川鉄道の列車で約1時間。かつて単独で町制を敷き、2006(平成18)年に岩国市へ吸収された錦町の中心地で、錦川鉄道の終着駅。人口は半世紀で5分の1に減り、錦川沿いでかつて栄えた商店街が「錦町まちぐるみ博物館」として小さな展示施設が点在。駅弁はないが、2013年から2019年頃まで、事前の予約により12時過ぎ到着の列車で「錦川清流駅弁」を受け取ることができた。1963(昭和38)年10月1日開業、山口県岩国市錦町広瀬。
2013(平成25)年10月15日に発売した、錦川鉄道史上初の駅弁。調製元は錦帯橋の近くで江戸時代に創業した老舗料理店。購入の3日前までに鉄道会社への予約が必要で、岩国駅11時過ぎ発の列車内で受け取るか、その列車の錦川駅への12時過ぎの到着時に同駅の売店で受け取るかを選ぶというのは、購入の仕組みが日本一複雑な駅弁ではないかと思う。ただし、1個から買えた。
掛紙には錦川鉄道の全車両と走行風景の写真を使う。前述の厳しい購入手順を受け、「当日15時まで」と消費期限まで印刷されている。中身は岩国寿司、レンコンの酢の物や揚げ物、煮物、きんぴら、玉子焼、焼き魚、ミニ大福など。岩国の名物が分かりやすく収まるうえ、この価格でいろんな料理を楽しめて楽しい。実は岩国錦帯橋空港の空弁「岩国錦帯御膳」と、同じ中身である。2019年までに鉄道会社が公式サイトから予約ページを削除してしまい、現存しないものと思われる。
錦川鉄道は、国鉄の廃止対象線であった岩日線(がんにちせん)を引き取った、1987(昭和62)年7月開業の第3セクター鉄道。沿線の過疎化で乗客は減り続け、鉄道事業では開業以来一度も黒字を出したことがないが、役所の補助金と、2013(平成25)年度から始めた岩国城やロープウェイなどの管理業務収入で収支を償い、さらに建設を中止した延伸予定線で2002(平成14)年7月からゴムタイヤの遊覧車「とことこトレイン」を走らせることで、鉄道の安定した運行を続けている。
※2020年5月補訂:終売を追記広島駅から新幹線で1駅15分。岩国の城下町から城山を挟んだ西側約3km、または錦川の少し上流にあり、市街地から遠くないものの、山に囲まれていて雰囲気はまるで異なる。岩国駅と同じく、駅弁は今はない。1975(昭和50)年3月10日開業、山口県岩国市御庄。
新岩国駅のキヨスクで売られていた、山口県岩国の郷土料理「岩国寿司」のお惣菜。御飯に合わせ酢を混ぜて敷き、シイタケやエビや錦糸卵や魚肉などを散らし、また酢飯を敷いて具を散らし、これを繰り返した上でまとめて押し潰して切り分けるサンドイッチ。新潟県の上越地方や長崎県の大村でも見たような、甘めな積層ちらし押寿司。1,050円のものも売られていた。
山陽本線岩国駅と山陽新幹線新岩国駅には、国鉄時代には地元の駅前旅館が駅弁屋として入っていたが、1990年代に撤退し2005年には破産した。以後は広島や徳山の駅弁屋や地元の業者が入ることなく、駅弁のない駅となっている。
新山口駅から山口線で約25分。山口市は山口県の中央を占める、人口約19万人の県庁所在地。2005年の1市4町の合併により、瀬戸内海と新幹線駅を手に入れた。駅弁は昭和50年代まで津和野駅のものが売られており、2004年に下記の「薩長同盟弁当」が登場。1913(大正2)年2月20日開業、山口県山口市惣太夫町。
2004(平成16)年7月17日に発売された、山口駅で約20年ぶりの駅弁。長方形の容器に木目柄のボール紙でふたをして輪ゴム2本で留め、長方形の容器に維新の面々と文句を記したとても薄い掛紙をかけてまた輪ゴム2本で留める。中身は山口県産コシヒカリの白御飯を一面に敷いたうえで、左上を薩摩として海苔を振り黒豚のトンカツを載せ、右下を長州として卵とじをかけ鶏くわ焼を載せ、その間を土佐としてタケノコ土佐煮を並べる。ニンジンと漬物も添付。価格は2009年の購入時で840円、2014年4月の消費税率改定で864円。2016年頃までの販売か。
知らずに食べても分量十分、コンセプトを知ればより楽しめる。山口駅では国鉄時代に津和野駅弁が販売されていたが、1980年代に撤退して以来駅弁がなかった。山口市は山口県の県庁所在地なのに山陽山陰の交通路から外れた位置にあるためか、毎年の地価公示で最高価格点の全国県庁所在地中最低価格のタイトルを保持している。
※2021年3月補訂:終売を追記