広島駅から電車を乗り継いで約1時間半。柳井市は山口県の南東部で瀬戸内海に面した、人口約3万人の商業都市。江戸時代までは瀬戸内や山陽道の一商都として栄え、今も市街には室町時代の町割りや江戸時代の家並みが残る。駅弁は昭和時代になくなったが、当時の駅弁屋が寝台特急列車の車内販売向けに幕の内弁当を卸しており、これが列車が廃止される2009年3月まで続いた。1897(明治30)年9月25日開業、山口県柳井市中央2丁目。
黒いプラスティックのトレーを詰めたボール紙のふた付き箱という汎用弁当容器を使用、駅弁の名前と食品表示のシールを貼り、輪ゴムで十字に留める。中身は日の丸御飯にメンチカツ、鶏唐揚、揚げたこ焼き、焼き魚など、その柔らかい食感と水気の多さは駅弁でなく仕出し弁当だと感じる。後述の販売形態からも、この弁当を駅弁と見なせるかどうかは微妙であった。
この駅弁は駅や調製元での発売がなく、東京発九州行の寝台特急列車の徳山からの車内販売でのみ、一日5〜10個が発売されたという入手困難なもの。それ以前には予約や新幹線「こだま」車内でも販売されていたとか。昭和時代まで遡ると、柳井駅は公式な駅弁販売駅で、日本初の珍駅弁「ドライカレー弁当」が有名であった。
2009年3月14日のJRダイヤ改正による、東京と九州を結ぶ寝台特急列車の全廃により、この駅弁と車内販売も同時に廃止、柳井駅弁は完全に消滅することとなった。廃止末期の寝台特急では鉄道ファンや駅弁ファンが早朝の1号車に行列をつくる、柳井駅弁の争奪戦が繰り広げられた。
※2009年4月補訂:終売により解説文を修整1955(昭和30)年7月30日の調製と思われる、昔の柳井駅弁の掛紙。まだ「特製御辨當」のような古めかしい名前で幕の内駅弁を売る所が多かった時代に、ずいぶんとモダンな名前と絵柄だと思う。