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 旅の友「駅弁」。実際に食べた駅弁を中心に、日本全国と世界の駅弁を紹介します。

青い森鉄道 野辺地(のへじ)駅2008年9月13日訪問Googleマップ「野辺地駅」
Aoimori Railway Noheji Station

駅名標 駅舎 駅構内

青森駅から電車で40〜50分、かつてのJR東北本線である青い森鉄道がJR大湊線を分ける駅。野辺地町は陸奥湾の奥部に位置する、人口約1.2万人の港町。ホタテが特産品であるほか、駅弁「とりめし」そのものが名物とされた。駅弁は改札外で駅舎内の待合室の立ちそば屋で売られていたが、2019年に販売を終えた。1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地。

【終売】野辺地とりめし(800円)2019年9月16日に青森駅のコンビニで購入
Noheji Torimeshi (end of sales)

掛紙 外観 外観 中身 中身 中身

1952(昭和27)年に発売。特徴的な菱形の容器に、駅弁の名前を描いたボール紙でふたをする。中身は鶏のスープで炊いた御飯の上を、錦糸卵、小柄な鶏照焼スライス、グリーンピースを数個置いた鶏そぼろで覆い、柴漬けを添えるもの。東北本線の鉄道旅客に広く知られた名物弁当であり、今では郷土の名物でもある。

2005年の伯養軒の清算により各地の支店が閉じられ、その前から東北各地の駅構内に展開していた食堂や立ちそば屋が消えていった中で、野辺地駅では改札外駅舎内待合室でホームに面したそば屋で、このとりめしの販売が続けられた。野辺地支店は閉じられたため、調製は青森支店で行った。その青森支店が2019年9月限りで閉じられたため、再度そして本当の終売となった。

野辺地駅では1893(明治26)年に全国で初めて鉄道林が設置された。これはドイツに範をとり、線路際にスギやマツなどの森林を造成することで、吹雪や雪崩から線路や列車を守るとともに、林業での収入を期待したものである。効果の高さにより北海道や東北地方の各地に広がったほか、斜面崩壊や飛砂の防止といった目的で暖地でも整備が進められた。

近年では林業の崩壊、路線の廃止や国鉄の解体に伴う事業用地の処分、駅周辺の都市化、構造物による防雪や機械による除雪の進歩などの理由で、鉄道林はその面積も存在も減じている印象である。しかし野辺地地区の約367ヘクタールなど東北各地に約1000ヘクタールの鉄道林を所有するJR東日本は、その重要性や環境面での効用を考えて、広葉樹種や郷土樹種などの転換により引き続き維持していくのだという。なお、2011年12月の東北本線の青い森鉄道への転換で、野辺地の鉄道林の所有者が変わったかどうかは分からない。

※2019年11月補訂:写真を掲載し終売を追記
※2012年3月補訂:調製元の確定及び解説文の全面改訂
販売駅
大湊線 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地
調製元
株式会社 ウェルネス伯養軒 青森支店 青森県青森市安方1丁目2−13 017(723)1894

てしゃば焼(300円)2008年9月13日に第3回のへじ停車場まつりで購入
Teshabayaki



掛紙 外観 中身 中身

2008(平成20)年9月13日に野辺地駅前の観光物産PRセンターで開催された「第3回のへじ停車場(てしゃば)まつり」の屋台で売られていたジャンクフード。蒸気機関車をイメージしてイカ墨を混ぜた、真っ黒なお好み焼きである。大正時代に製造され戦前の幹線で活躍したC51形式のサイドビューをCGで描く、意外に本格的な掛紙を巻いていたので、駅弁のようなものとしてここに収蔵。今後もお祭りの際に駅で売れば、そのうち話題を作れるのではないかと思う。

販売駅
東北本線 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地

【終売】鳥めし(700円)2008年9月13日に第3回のへじ停車場まつりで購入
Torimeshi (end of sales)

掛紙 外観 外観 中身 中身

2008(平成20)年9月13日に野辺地駅前の観光物産PRセンターで開催された「第3回のへじ停車場(てしゃば)まつり」の屋台で売られていたお弁当。駅弁でも使われるプラ製容器に透明なふたをして、商品名を崩して大きく書いた掛紙をかけて、ひもで十字にしばる。中身は青森米つがるロマンを使った鶏そぼろの炊込飯に、鶏照焼と鶏そぼろと錦糸卵、ニンジンやシイタケなどを載せるもの。

これは食べれば普通の鶏飯。しかし野辺地で50年弱の歴史を刻んだ名物駅弁が、仙台資本の駅弁屋の清算により東京資本に買収されたことで支店の閉鎖により消滅し、しかしこの味を守るために従業員有志が新会社を立ち上げ、昔ながらのレシピで製造しているというストーリーを聞けば、応援せずにはいられない。

訪問当時の野辺地駅では、その東京資本となったウェルネス伯養軒のとりめしが、清算前の容姿と価格で販売され続けているが、駅に隣接する野辺地町観光物産PRセンターで展示される地産品としては、こちらが置かれて紹介されていた。購入時点では町内のスーパーでも販売されており、PRセンターの売店での注文が可能だった。2010年3月限りないし6月頃の終売情報がある。

※2010年10月補訂:販売状況を追記
販売駅
東北本線 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地
調製元
株式会社 あおもり青養軒 青森県上北郡野辺地町字前平2−1 0175(65)1510

とりめし(700円)2007年4月8日に東京駅「駅弁の日記念駅弁大会」で購入
Torimeshi

掛紙 外観 外観 中身 中身

2007(平成19)年4月に東京駅構内で開催された駅弁の日記念駅弁大会で、野辺地の駅弁として売られていたもの。菱形の容器に茶飯を詰め、鶏照焼と炒り卵と細かい鶏そぼろで横にストライプを描き、刻み椎茸とグリーンピースで彩ってしば漬けを添え、前世紀からのデザインの紙ぶたをかける。

食品表示ラベルでの商品名「野辺地のとりめし」。しかし伯養軒野辺地支店は会社清算の際に閉められたため、この商品の製造者はウェルネス伯養軒の仙台支店。仙台駅に同じ商品もあり、これはれっきとした仙台駅弁。

販売駅
青い森鉄道 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地
調製元
株式会社 ウェルネス伯養軒 仙台支店 宮城県名取市植松字入生346番1号 022(382)8940 https://hakuyoken.com/

【掛紙】とりめし(700円)2001年1月27日におそらく野辺地駅で購入
Torimeshi

掛紙

2001(平成13)年1月27日14時の調製と思われる、昔の野辺地駅弁の掛紙。野辺地は小さな街であり、幹線鉄道である東北本線が支線である大湊線や私鉄の南部縦貫鉄道を分ける駅にしては小さな駅であるが、この菱形が確固たる名物として、地元や鉄道旅客に親しまれてきた。

販売駅
東北本線 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地
調製元
株式会社 伯養軒 野辺地支店 青森県上北郡野辺地町字前平2−1 0175(64)2421

【掛紙】おすし(価格不明)1970年6月10日調製
Osushi

掛紙

1970(昭和45)年6月10日の調製と思われる、昔の野辺地駅弁の掛紙。十和田湖と乙女の像、恐山と太鼓橋は、昭和時代の団体客が観光バスで押し寄せたであろう場所に思える。これが駅弁の掛紙かどうかは、少し疑問。

販売駅
東北本線 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地
調製元
株式会社 伯養軒 野辺地支店 青森県上北郡野辺地町 017562-2421

【掛紙】おべんとう(100円)1959年8月8日調製
Obento

掛紙

1959(昭和34)年8月8日の調製と思われる、昔の野辺地駅弁の掛紙。東北6県のどこでも使える絵柄に、駅名と価格を含む調製印を押した、広く使い回しが利く便利な掛紙。

販売駅
東北本線 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地
調製元
伯養軒 所在地の記載なし 連絡先の記載なし

【掛紙】上等御弁当(35銭)調製年月日不詳
Joto Obento

掛紙

1920年代の3月17日6時の調製と思われる、昔の野辺地駅弁の掛紙。価格が35銭なので、1922(大正11)年頃から1930(昭和5)年頃までのものか。掛紙に印刷された駅舎より立派に見える建物は、コメントを読むと調製元の建物だろうか。調製元の飯田屋は1944(昭和19)年に仙台駅弁の伯養軒へ営業を引き継ぎ、その野辺地支店になったという。

販売駅
東北本線 野辺地(のへじ)駅 1891(明治24)年9月1日開業 青森県上北郡野辺地町野辺地
調製元
飯田屋 野辺地駅前 6番、7番