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 旅の友「駅弁」。実際に食べた駅弁を中心に、日本全国と世界の駅弁を紹介します。

【掛紙】幕の内弁当(価格不明)調製年月日不詳
Makunouchi Bento

掛紙

1960年代頃のものと思われる掛紙。鉄道や旅客向けの案内や連絡先がないことから、これは駅弁の掛紙でなく、団体客向けの仕出し弁当のものだろう。伯養軒は仙台駅などの駅弁屋であるとともに、東北地方の各地に支店や食堂を持つ食品業者でもあった。注文者の「京都秀岳旅行会」は、弁当店に専用の掛紙を刷らせるほどの大口団体だったのだろう。

調製元
伯養軒 白河支店 所在地の記載なし 連絡先の記載なし

【掛紙】伯養軒の幕之内べんとう(100円)調製年月日不詳
Hakuyoken no Makunouchi Bento

掛紙

1960年代頃、昭和30年前後の調製と思われる、昔の白河駅弁の掛紙。伯養軒所在地に、1954(昭和29)年11月に北上駅へ改称した「黒沢尻」があるため、それ以前のものか。弁当の幕之内と相撲の幕内をかけたような、土俵入りの横綱と太刀持ちの絵柄。白河出身の力士がいるなどの特定の人物を表現したのではなさそう。

白河駅では明治時代から駅弁が売られ、1982(昭和57)年6月の東北新幹線の開業で磐城西郷駅改め新白河駅にも進出したが、1995(平成7)年頃に柳屋が、2002(平成14)年頃に伯養軒が撤退し、駅弁のない駅となった。郡山駅などの駅弁が新白河駅の売店に入荷することはあるらしい。

販売駅
東北本線 白河駅 1887(明治20)年7月16日開業 島県白河市郭内
調製元
伯養軒 白河駅構内 連絡先の記載なし

【掛紙】いなりすし(50円)調製年月日不詳
Inarisushi

掛紙

1950年代頃、昭和30年代頃の調製と思われる、昔の白河駅弁の掛紙。鳥居とキツネといなりずしという全国共通の内容に、小峯城址と駅名表記で白河を表現した。小峰城(こみねじょう)、白河城、あるいは白河小峰城は、白河駅の真北すぐ。南北朝時代から戦国時代まで、結城氏改め小峰氏あるいは白河結城氏の居城があり、江戸時代に二本松藩主の丹羽長重(にわながしげ)が再整備し、慶応4年(1868年)に戊辰戦争で焼失した。石垣の美しさと桜の名所と日本百名城で知られ、戦後昭和時代は石垣が残る公園のち野球場だったが、平成時代には再整備で三重櫓や前御門が新築され、城らしい風景を備え始めた。

販売駅
東北本線 白河駅 1887(明治20)年7月16日開業 島県白河市郭内
調製元
伯養軒 白河駅構内 連絡先の記載なし

JR東日本 喜多方(きたかた)駅2010年7月24日訪問Googleマップ「喜多方駅」
JR-East Kitakata Station

駅名標 駅舎 駅構内

東京駅から新幹線と磐越西線の列車2本を乗り継いで約3時間半。喜多方市は福島県の最北西部に位置する、人口約5万人の市。蔵の街そしてラーメンの街として、早くから街おこしに成功し、多くの観光客で賑わう。駅弁は長らくなかったものの、2000年代になって道の駅の「ラーメン丼」を時々駅売りするようになり、これが駅弁と紹介されることがあった。1904(明治37)年1月20日開業、福島県喜多方市町田下。

ラーメン丼(600円) 
Ramen Don

お祭りの屋台で使われる白い丼型容器に、黄色い掛紙をかける。中身は喜多方ラーメンのしょうゆ味スープで炊いた御飯の上に、シナチクやチャーシューにナルトに紅生姜など、見た目も風味もラーメンそのものだという。新潟と会津若松を結ぶ観光SL列車「SLばんえつ物語号」運転日に20個だけ販売されるらしい。発売日には、駅構内のレストランで同じものが食べられるとか。

喜多方は、ご当地ラーメンという言葉のない時代から蔵とラーメンで街おこしを試んでいた。そして1985年のNHKテレビ「おはようジャーナル ラーメンの香りただよう蔵の街」の放映やラーメンブームに乗って、知名度が上昇し観光客が激増した。現在でこそ次々にご当地ラーメンが登場したため、遠隔地では相対的に目立たなくなったとはいえ、現地では昔も今も朝から晩まで市民に親しまれているという。

販売駅
磐越西線 喜多方(きたかた)駅 1904(明治37)年1月20日開業 福島県喜多方市町田下
調製元
道の駅 喜多の里(喜多方市ふるさと振興株式会社) 福島県喜多方市松山町鳥見山字三町歩5598−1 0241(21)1139 http://www.thr.mlit.go.jp/road/koutsu/Michi-no-Eki/fukusima/fu05.html

JR東日本 山都(やまと)駅2010年7月24日訪問Googleマップ「山都駅」
JR-East Yamato Station

駅名標 駅舎 駅構内

新潟から観光客向け臨時快速列車「SLばんえつ物語」で約3時間。山都町は福島県の最北西部に位置する、人口約4千人の蕎麦の町であったが、いわゆる平成の大合併に伴い2006年に喜多方市へ吸収された。駅弁はないが、かつてSL列車の運転日に限り、ホーム上で「山都そばSL弁当」その他惣菜や土産物が台売りされた。1910(明治43)年12月15日開業、福島県喜多方市山都町字西原。

【終売】山都そばSL弁当(700円)2002年5月25日に山都駅のホーム上の台売りで購入
Yamato Soba SL Bento (end of sales)

掛紙 外観 中身

会議用の仕出し弁当の容器のような赤黒いビニール系の容器に掛紙を糊付けする。容器の御飯を詰める部分に、太さがまちまちで手作り感が満点な、地元名産のそばをもりで入れ、おかずの部分にはポリ容器入りのそばつゆ、付合せの部分にはネギと山菜の薬味。

そばは何も付けずにそのまま食べたほうが美味いと感じた。公式な駅弁になったり、それを目指すという話を聞かないが、1999(平成11)年の観光SL列車「SLばんえつ物語号」の登場で、日出谷駅の駅弁「とりめし」とともにクローズアップされ、SLの旅を彩る存在となった。SL列車の運転日のみ、山都駅のホーム上で限定販売。

この弁当は2010(平成22)年限りで終売の模様。2012(平成24)年4月に「SLばんえつ物語」に乗車し再訪したら、過去に山都駅のホーム上で賑やかだった物品販売そのものが消えていた。調製元の山都町振興公社は2010年7月1日に喜多方市の4公社の合併で「喜多方市ふるさと振興株式会社」となった。

※2012年4月補訂:終売を追記
販売駅
磐越西線 山都(やまと)駅 1910(明治43)年12月15日開業 福島県喜多方市山都町字西原
調製元
株式会社 山都町振興公社 福島県耶麻郡山都町沢田3077−1 0241(38)3000

JR東日本 小野新町(おのにいまち)駅2007年12月23日訪問Googleマップ「小野新町駅」
JR-East Oniniimachi Station

駅名標 駅舎 駅構内

東京駅から東北新幹線と磐越東線を乗り継いで約2時間半。小野新町駅のある小野町は、福島県のいわき市と郡山市の間で阿武隈高地にある、人口約9千人の町で、鉄道と高速道路が通じている。駅の開業時から売られた駅弁は、1980(昭和55)年に消えた。1915(大正4)年3月21日開業、福島県田村郡小野町谷津作平館。

【終売】リカちゃんおべんとう(610円)2007年12月23日に小野町の食堂兼弁当屋で購入
Licca-chan Obento (end of sales)

掛紙 外観 外観 中身 中身

福島県田村郡小野町のランドマーク的な観光施設「リカちゃんキャッスル」付近の食堂兼弁当屋で販売された、同施設公認の注文生産弁当、つまりホカ弁。プラ製のホカ弁容器に、リカちゃん人形の写真やプロフィールを掲載する薄い掛紙を巻き、輪ゴムで留める。中身はピラフ、オムレツ、クリームコロッケ、エビフライ、ハンバーグ、ウインナー、スパゲティ、鳥唐揚、キャンディ、オレンジ、プリン。購入時にミニ玩具(リカちゃんと関係なし)をひとつ選べた。

中身はリカちゃんが好きそうなものにしたそうで、実際にプリンは好物とされる。しかしおもちゃも中身も安物で、もう少ししっかり作り込めばと思った。かつて公式な駅弁販売駅であった鉄道駅がすぐ近所(磐越東線小野新町駅徒歩約10分)にあるため、いつでも駅弁を名乗れそうな気がする。販売店はかつての国鉄バスの小野新町営業所の跡地に建つ。この店はどうも現存しない模様。

リカちゃんキャッスルは、リカちゃん人形を製造する工場に、お城のような外観の見学通路と人形展示と売店を併設し、1993(平成5)年5月3日にオープンした観光施設。歴代の人形が展示されるほか、リカちゃん人形の製造風景を見下ろすことができる。

※2021年3月補訂:終売を追記
調製元
お弁当の小町家 福島県田村郡小野町大字小野新町字中通30 0247(72)4052