東京駅から新幹線で約1時間。高崎市は群馬県の中央部に位置する、人口約37万人の城下町ないし宿場町。県内最大の都市であり、2本の新幹線と4本の在来線と私鉄が交わる鉄道の要衝。「だるま弁当」や「とりめし」などの名物を擁す駅弁は、1886(明治19)年以降に松本、矢島、末村の各者が進出し、1958年に合併した高崎弁当のものが、横川駅弁や東京駅弁とともに売られる。1884(明治17)年5月1日開業、群馬県高崎市八島町。
2023(令和5)年10月1日に高崎駅と東京駅で発売、同日からのJR東日本の駅弁キャンペーン「駅弁味の陣2023」にエントリー。調製元であり、横川駅弁「峠の釜めし」で有名な荻野屋は例年、結果的にこのキャンペーン期間中のみ主に高崎駅で販売し、横川駅では売らない駅弁を出している。この駅弁も調製元の公式サイトでは11月末までの販売期間をうたう。
つくりは峠の釜めしと同じ。益子焼の釜を黄色くし、お月さまと山並みの夜景にみえる絵柄の掛紙をかけ、ひもで十字にしばる。この釜にマッシュルームとエリンギの洋風きのこ飯を詰め、宮崎牛のしぐれ煮、シメジとエリンギの揚げびたし、きくらげ炒め、揚げ茄子、かぼちゃとパプリカの素揚げ、いんげん、紅生姜で覆い、卵黄の自家製べっこう玉子を据える。峠の釜めしでは5種の漬物を入れるプラ容器には、栗きんとんと杏のコンポートを詰めた。
見た目では峠の釜めしの類似品にみえて、内容と風味はまったく異なる、卵黄の月見から御飯の胡椒や牛肉の山椒にきくらげの胡麻油まで、味と香りが濃厚な和洋折衷の小宇宙。駅弁かドライブインの弁当として売り続ける場面ができないか、例えば中秋の夜限定の高崎駅弁にならないかと思う、味と内容で印象的なお弁当だった。
1984(昭和59)年12月に高崎駅で発売された、マイタケ駅弁の最高峰。高崎駅の幕の内駅弁「特製おべんとう」とまったく同じ構造と大きさを持つ容器を使用し、そのフタには上州の四季を「谷川岳(春)」「尾瀬(夏)」「妙義山(秋)」「白根山(冬)」と美しく描く。中身は駅弁の名前どおりのマイタケづくし。マイタケをたっぷり混ぜた鶏肉入り五目飯に、マイタケ天とエビ天とこんにゃく、マイタケ佃煮と鶏照焼とマイタケ入り肉団子、マイタケきんぴらなど。価格は2010年時点で1,000円、2014年3月から1,100円、2019年2月から1,200円、2020年時点で1,230円、2023年4月から1,350円。
マイタケは天然物ではなかなか採れないため、山で見付ければ喜び舞い上がるほどの幻で高級なキノコということで、舞茸の名が付いたとも言われる。栽培技術の確立により1990年代から生産量が急増、今では日本全国のスーパーマーケットで安価に販売される。年間約4万トンの生産量のうち新潟県が6割以上(2010年時点)を占めるが、地元の名産としては第5位の群馬県も負けない印象。群馬県と新潟県を結ぶ在来線の上越線の沿線各地で、名物の駅弁や弁当にもなっている。
※2023年8月補訂:写真を更新し値上げを追記2012(平成24)年7月20日に購入した、高崎駅弁のふた。上記の2023年のものと同じ。中身も配置が違うだけで同じ。
2002(平成14)年3月24日13時の調製である高崎駅弁のボール紙製パッケージ。上記の2012年のものと、何も変わっていないと思ったら、比べると春夏秋冬のイラストの並べ方が異なる。法令の強化で大きくなった食品表示ラベルを貼る場所を確保したものか。
長方形の黒い容器に割りばしを置いて輪ゴムで留め、これをまるごと包装紙で包む。赤いプラ製トレーに収まる中身は、白御飯の上をウナギの蒲焼きでだいたい覆い、漬物を添えるもの。つまり中身が鰻・タレ・白飯・漬物のみでシンプルな、素材が良好な鰻重。
高崎弁当が健在である限り、登利平はJR駅の公式な駅弁屋になれないと思うが、私鉄の上信電鉄か上毛電気鉄道をそそのかして群馬県第三の駅弁屋を名乗れば、駅弁大会でもいい商売をできそうな気がした。価格は2009年の購入時で1,100円、2016年時点で1,700円、2023年時点で2,000円。
※2023年11月補訂:値上げを追記駅弁の名前は「特製幕の内弁当」とも。公式サイトによると1961(昭和36)年8月の発売という、高崎駅の幕の内弁当。紅白のひもでしっかりしばった正方形の容器で、掛紙を兼ねるボール紙のふたを取ると、もったいないことに経木枠の容器の中にすっぽり白いトレーを入れている。中身は俵型御飯と、帆立・エビフライ・舞茸入り肉団子や椎茸の煮物などのおかずに加え、高崎らしく玉コンニャクがひとつ入る。御飯について機械で型を押して落としたような雰囲気を感じること以外は、味も風味もしっかりした良い駅弁。ただ、高崎駅では他の駅弁に目移りすることは間違いない。価格は2002年の購入時で800円、2014年3月から900円、2019年2月から980円、2020年時点で1,000円、2023年4月から1,200円。
※2023年8月補訂:値上げを追記JR東日本のシニア向け商品「大人の休日」の駅弁として、2002(平成14)年1月1日に発売。掛紙には駅弁の名前と大人の休日倶楽部ロゴマークを描く。市販の惣菜弁当向けボール紙容器で、松花堂タイプの黒いプラ製トレーに収めた中身は、舞茸の炊込飯と栗甘露煮、ナスやダイコンなど野菜の炊合せと山菜、鮭の南部焼きに鱧(はも)のけんちん焼に鶏肉焼、根菜の天ぷらとギンナンの揚げ物など。お品書きも分かりやすく、上質な内容と風味に感歎する。価格は2013年まで1,000円、2014年から1,200円、2019年時点で1,350円、2020年時点で1,380円。2021年までの販売か。
※2023年4月補訂:終売を追記上記の駅弁「群馬の風味」の、2002(平成14)年の発売時の姿。掛紙にはJR東日本の高齢者向け会員組織「大人の休日倶楽部」でなく、JR東日本のシニア向け商品「大人の休日」ロゴマークがあり、駅弁の名前にも「大人の休日」が付いていた。中身はまるで異なり、3区画の真ん中に庄内ササニシキの薬膳飯、その左右に榛名地鶏、下仁田こんにゃく磯辺巻、谷川岳イワナのムニエル、サトイモのオランダ揚げ、上州シイタケの肉詰めなど、地元の食材を使用した健康志向で本物志向のおかずを置いた。折箱は風呂敷に包まれ、お品書きもキラキラしており、これが千円で買えたことに驚く秀作。2007年かそれ以前には、上記のような松花堂弁当タイプにリニューアルした模様。
※2022年3月補訂:新版の収蔵で解説文を手直し2012(平成24)年の発売か。2016(平成28)年9月にリニューアル。四半世紀前からの高崎駅弁「岩魚鮨」のそっくりさん。白い酢飯の半分にイワナを、半分に群馬のニジマス「ギンヒカリ」を貼り付けた棒状の押寿司を1本、折箱に詰めて白い掛紙を巻く。魚の身が薄く少量なこともあり、掛紙の絵柄のように淡泊な味わい。価格は2016年のリニューアル時で1,000円、2019年2月1日から1,080円、2020年時点で1,100円。2020年までの販売か。
※2022年4月補訂:終売を追記JR東日本の駅弁キャンペーン「駅弁味の陣2018」へのエントリーに合わせて、2018(平成30)年10月1日の発売。名前と値段から想像できるとおりの高級幕の内駅弁。細身の容器に白飯と茶飯と栗飯で3種の俵飯を詰め、中央に上州牛ステーキ、鮭塩焼、鶏団子、ナス、赤タマネギ、シイタケ、うずら卵、柿型甘味などを詰め、端に玉子焼や漬物などを添える。調製元が横川のドライブインやサービスエリアで売る季節の釜飯と色彩が似る。例年どおり、会期とともに11月限りで終売。
2012(平成24)年7月の新発売。駅弁の名前は「こんにゃくute弁当」か「こんにゃcute弁当」か不明だが、よみがなは「こんにゃきゅーとべんとう」となる。普段は仕出し弁当向けに使われていると思われる、高崎駅の駅弁らしい大きな正方形のボール紙容器を、若い女性向けなデザインを感じる大きな掛紙で包む。
9区画の中身は掛紙に書かれているとおり、コンニャクと米のマヨネーズ和え、コンニャク梅酢漬、赤と黒のコンニャクなどの煮物、糸コンニャクの牛肉煮、揚げコンニャク、糸コンニャクのたらこ和え、コンニャク餅、コンニャクの舞茸飯、コンニャク入りやきそば。
飯も肉も菜も甘味も9区画の中身すべてにコンニャクを使うのに、味気なさやヘルシーさを押し付けたり感じさせないお弁当は、創作の素晴らしさというか、斜め上のセンスというか、本当にコンニャクづくしである。群馬県はコンニャクの主原料であるこんにゃくいもの収穫量が47都道府県中第1位、それも全国で9割のシェアを握るダントツの首位である。この駅弁は2014年現在で現存しない模様。
※2014年12月補訂:終売を追記1981(昭和56)年10月に高崎駅で発売された、朝限定の駅弁。ボール紙製の箱に、コンビニのおでん容器のような発泡スチロール製の容器が入り、くり・えび・しらす入りのお粥が入る。エビとダシのほのかな香りが見事。安く美味くて胃に良さそうな駅弁は、高崎線や上越新幹線での東京方面への通勤通学者の朝食として人気を集めた。
販売個数は一日あたり100個とされ、朝8時か9時頃には売り切れるため、旅行者が入手するのは大変に難しかった。価格は2004年時点で350円、2014年3月の値上げにより450円、2019年2月から490円。2019年は1月に京王百貨店の駅弁大会に出品されて話題になったのに、同年5月2日限りで終売。終売情報はネット上を賑わせた。
かつては定期券など設定されていなかった新幹線も、今では通勤通学での利用が珍しくない。上越新幹線では朝晩の東京発着列車に、自由席に横6席も配置して総座席数1,634は高速列車世界一という、オール二階建て16両編成の電車が使用され、それでも満席になるのだとか。
※2020年5月補訂:終売を追記2004(平成16)年1月2日に購入した、高崎駅弁の紙箱。上記の2011年のものと変わらない。おそらく1985年の発売時から変わらない。
高崎駅のおにぎり駅弁。竹皮柄の紙容器にピンク色の事務用紙の掛紙をかけて、割りばしごと事務用の輪ゴムで留める。中身は鮭と梅の直巻き握り飯がひとつずつ入り、軽く煮物が添えられる。コンビニでおにぎり2個と煮物を買ってくると400円はするだろうし、味はこの駅弁よりも劣るはず。駅弁マークの付いた公式な駅弁ながら、コンビニに十分対抗できる安くて良い駅弁。ただ、朝飯対応商品なのか、午前中でないと買えない模様。2014年時点で現存しない模様。
※2014年12月補訂:終売を追記2003(平成15)年12月29日に購入した、高崎駅弁の掛紙。上記の2008年のものと変わらない。
プラ製容器に「高崎名物」と貼ってあるが、主に京都と長野県伊那地方で親しまれる饅頭。中身をあんこではなく赤飯にした紅白のおまんじゅうが各1個。生地はほのかに甘いが中身は御飯だから、小腹を満たすのにぴったりな商品。調製元は高崎市内のロードサイドの和菓子屋さんで、ここでの赤飯まんじゅうは地域の名物ではなくこの和菓子屋さんの名物である模様。京都駅や飯田線の売店では見た記憶がないが、高崎駅の観光売店で売られていた。以後の高崎駅では、この商品に出会えていない。2023年時点で調製元と商品は健在。
※2023年11月補訂:駅での終売を追記2003(平成15)年頃に発売か。木目調円形のわっぱ型容器に透明なふたをしてボール紙の枠にはめる。中身は茶飯の上に鶏、海老、鮭、椎茸、玉子焼、きぬさや、糸こんにゃく、きんぴらごぼうと、高崎駅の他の駅弁で見たような具が入っている。
この駅弁には同じ枠と容器を使う仲間がいて、まとめて保温ケースで販売されている。中身を示す名称はシールで表示。すぐ食べればほのかに暖かく、一方で駅弁感はやや薄いが、味は引き立つし一般受けは良いと思う。2007年時点で現存していないと思われる。
1990(平成2)年4月に発売。コシヒカリに押されて今は珍しくなった庄内産ササニシキを使用した酢飯の上に、上越新幹線大清水トンネルの湧き水で養殖したイワナを載せて、付け合わせを少々添えたもの。
タレが効いて鰻か穴子の蒲焼のような風味と食感が感じられたが、川魚の臭みはまったくなし。積極的に東京などで実演販売を実施する高崎の駅弁屋さんは、だるま弁当ととりめし、つまり鶏弁当というイメージが強いが、現地に赴けばこのような駅弁もある、という例。
価格は購入時で1,000円、後に「川魚鮨」に改称のうえ、2014年3月の値上げにより1,100円。2016年9月に改めて「岩魚鮨」(1,000円)という駅弁が出ている。2019年2月1日から1,080円、2020年時点で1,100円。2020年までの販売か。
※2022年4月補訂:終売を追記田代ロープウェーとドラゴンドラをめぐる日帰りバスツアーで、参加者に配られた昼食で、500円くらいの仕出し弁当。たっぷりの白御飯にマイタケ天、焼きサバ、鶏肉団子、キャベツ千切り、ニンジン煮、玉子焼、レンコン、魚肉団子。調製元が高崎駅の駅弁屋だったので、ここに記録する。白御飯を除き、駅弁と共通の食材はなさそうだし、そんなにうまいものでもないが、常温で味が悪くならないのは、さすが駅弁屋。
1980年代頃の調製と思われる、昔の高崎駅弁の掛紙。昔の上州の農村風景を版画風に描いたのであろうか。
1965(昭和40)年12月20日12時の調製と思われる、昔の高崎駅弁の掛紙。調製元の表記がなければ、どこの駅のものか、駅弁の掛紙かも分からない、特徴のない絵柄。エビとササで寿司ではありそう。
昭和20年代、1950年前後のものと思われる、昔の高崎駅弁の掛紙。食糧難の時代、米不足の時代に、米飯に代えて調達が可能な食材を使い調製した駅弁を代用食弁当と呼んだ。サンドイッチはもともとお米を使わない製品だと思うが、これはどんなものだったのだろう。
1940(昭和15)年5月26日の調製と思われる、昔の高崎駅弁の掛紙。高崎の三大観音として、東洋一洞窟観音、坂上田村麿開基清水寺、世界一白衣大観音を挙げ、それぞれ小さなイラストを載せる。
1935(昭和10)年3月16日の調製と思われる、昔の高崎駅弁の掛紙。清水観音と多胡古碑を描き、カイコのまゆと桑の葉で彩る。
おそらく1930年代、昭和10年前後のものと思われる、昔の高崎駅弁の掛紙。おかずの掛紙には榛名山の遠望と、カイコのまゆと桑の葉を描く。御飯の掛紙はおそらく鉄道省の東京鉄道局管内の各社共通で、梅の名所の名前と駅名を8つずつ記す。
1933(昭和8)年1月29日17時の調製と思われる、高崎駅弁の掛紙。妙義山とカイコのまゆを描いたように見えるがどうか。高崎駅では、1886(明治19)年に構内営業者となった松本と、1887(明治20)年に構内営業者となった矢島と、1906(明治39)年に構内営業者となった末村が、1958(昭和33)年10月に合併して高崎弁当となった。
1928(昭和3)年10月21日11時の調製と思われる、高崎駅弁の掛紙。掛紙に描いた多胡古碑とは、現在は高崎市内となった吉井いしぶみの里公園にある、和銅4年(711年)に建てられたとされる国の特別史跡の石碑のことか。石碑そのものは描かれない。1920(大正9)年11月に定められた高崎市の紋章に、四方ないし五方から鉄道路線が集まる図も描く。