東京駅から電車で約45分。大船駅のある鎌倉市は、神奈川県の東部で相模湾に面した、人口約17万人の古都。13世紀に幕府と呼ばれる武家政権がここを拠点とし、農漁村に戻るも明治時代に別荘地や観光地として再興、文人や要人が好んで住んだり訪れた。東海道本線が横須賀線を分岐する大船駅では、1898(明治31)年から大船軒が駅弁を販売、鎌倉の文人や駅前の映画撮影所の関係者に親しまれた。1888(明治21)年11月1日開業、神奈川県鎌倉市大船1丁目。
2001(平成13)年4月10日の駅弁の日に発売。長方形の容器を3分割し、左右に御飯を配置、中央におかずとして、ポーク焼売や薩摩芋に、薩摩揚やかき揚げや煮物類を入れるという、横浜駅弁「季節おこわ」にそっくりのつくり。当初は駅弁の日限定の駅弁として製作し、好評のため半年ほど駅売りが続けられていたらしい。現在は入手できない。
掛紙の表面下と側面に湘南電車が走る。「明るい緑色とミカン色に塗り分けられた電車は、昔、湘南電車の名で親しまれていました。」と掛紙に書いてある。1950(昭和25)年にここでデビューした80系電車は、ぶどう色という茶色か黒に決まっていた国鉄電車の色を明るく鮮やかにし、戦後の暗いイメージを一新したなどと、今の本や雑誌に紹介される。
東海道本線は国鉄の最重要幹線であり「顔」であり、後のクリーム車体に赤いラインの特急こだま号、並行する白地に青帯の新幹線、白地に緑のストライプを描いた特急踊り子号と、最新や最初の電車がここで走り始めたものだが、国鉄分割民営化後のJR東日本では最重要幹線でなくなったようで、首都に出入りする他の路線より旧型な国鉄時代の電車が走り続ける路線となっている。
※2020年7月補訂:解説文を手直し下記の記念駅弁「東海道線開業120周年記念弁当」の第3弾で、1956(昭和31)年に運行を開始した寝台特急列車「あさかぜ号」の写真を採用した。掛紙だけのチェンジなので、中身や価格は当然に同一。
この駅弁は大船駅の駅弁売店に加え、東海道線下りホーム上での駅弁立売でも販売された。これも東海道線開業120周年を記念して、横浜駅と大船駅で2007年7月14、15、16、21、22日の5日間、立売を実現したもの。しかし台風の接近により14日から16日までの3日間は中止され、実施は残る2日間に縮小された。
ベテランの男性係員が大きな箱に駅弁を積み重ね、「べんとーーー、べんとーーー。」と太い声を響かせながらホームを練り歩く。感動の光景。しかし立売から駅弁を買う風習は、ここではとっくに消えている。立売人は乗客に呼び止められることなく電車を見送る。そして、電車が去って箱を台に仮置きすると、駅弁を買い求める声がかかり、駅弁が売れていた。
名前のとおりの記念駅弁。横浜・国府津間の開業120周年を記念して、2007(平成19)年7月11日から24日までを3期に分け、同じ名前と価格で掛紙を替えて販売した。これは15日から19日まで販売の第2弾で、1960(昭和35)年当時に大船駅を通過していた、パーラーカー付き特急「つばめ号」の写真を採用した。
中身は酸っぱい酢飯の上を激甘の玉子そぼろ、しょっぱい鳥そぼろ、風味のない鮭フレーク、普通に甘いうぐいす豆、刺激的な柴漬等で覆い、蒲鉾とレンコンとエビを貼るもの。下記「ありがとう113系湘南電車弁当」に輪をかけた不味さは、掛紙収集と収穫報告のための駅弁。
2006(平成18)年3月の東海道本線東京口からの113系電車の引退に間に合わず、4月と5月に販売された記念駅弁の5月版。大船駅弁「まぐろの浜ごはん」などでも使われる楕円形の容器に、113系電車の写真を載せた掛紙をかけ、湘南電車色の紙ひもでしばる。中身は酢飯の上に鮭フレークとウグイス豆と錦糸卵を敷き、白身魚フライ、鶏唐揚、イカ、ソーセージ、玉子焼、蒲鉾などを添える。
緑と橙の湘南電車の色を表したいがために、弁当として過多の甘いウグイス豆と、過少の無味な鮭フレークと、色あせた業務用錦糸卵を、不思議に魚臭く酸っぱい酢飯に載せる、味覚が狂いそうな御飯部分。おかずも付け合わせも安っぽく、期間限定は良かったかも。掛紙収集目的の駅弁。
湘南電車の定義は時代とともに移り変わったが、最後は主に東海道本線東京〜熱海間を走る113系電車に落ち着いた感じ。その先祖で1950年に登場した80系電車で、電車の色イコール焦茶色という常識を覆して採用した、沿線のみかんの実と葉を表したとも言われるオレンジとグリーンの塗り分けが、人々に驚きを与え、支持されて、国鉄直流電化区間に広まった。
漫画アクションの連載作品「駅弁ひとり旅」とのタイアップで2008(平成20)年9月27日に発売。長方形の容器に木目柄のボール紙でふたをして、同作品の漫画家が描いた登場人物と元祖湘南電車のイラストを描いた掛紙をかけて、駅弁らしくひもで十字にしばる。
中身は鶏照焼を載せてひじきを混ぜたカレー御飯と、焼きサバとシラスを載せたトマト御飯に、玉子焼とミニ大福などを添えるもの。御飯の色で湘南電車の塗り分けを表現している。千円の駅弁でこの内容と分量ではどうかと思うが、大船の記念駅弁にしては味が無難なジャンクフード。2009年までの販売か。
東海道線東京口の普通列車がステンレス製の電車にほぼ代わった時点で、「湘南電車」は死語になったのではと思うが、沿線の古老と鉄道ファンそしてマスメディアの中では、あと何十年も生き残っていくのだろう。国鉄80系電車がここから去って約40年が経過するというのに、1950(昭和25)年の登場時のインパクトがとても大きかったためか、こうやって21世紀になっても駅弁の掛紙になったり、藤沢駅のホーム上の売店のデザインになったりしている。
※2015年9月補訂:終売を追記